自らを小中華と見なすことは
一方、自らを小中華と見なすことは、周辺諸国を野蛮な夷狄、禽獣として他者化することも意味していた。この自らを華、周辺諸国を夷とする姿勢は、文化的優越主義に止まらず政治的地理的世界観にも表れ、現実はどうであれ「朝鮮は中国王朝と共に世界の中心をなし、周辺諸国を従属させている」と解釈しようと志向した。例えば李氏朝鮮初期の1402年に製作された「混一疆理歴代国都之図」では、中国が世界の中心に位置し、朝鮮は実情よりかなり拡大された形で描かれている。それに対し日本、琉球、東南アジアはかなり小さく描かれ、方角も誤って描かれている。女真族の居住地であった中国東北地方は曖昧なまま処理されている。つまりこの地図が描き出した世界観は、明と李朝が中華でありそれ以外の地域は夷であるとするものであった。こうした他者化の論理は、時に国内にも向けられ、中華文明を身につけていない者は同じ朝鮮人でも差別化されることに繋がった。李朝後期の両班達は、自身を「礼義を識り、漢詩漢文を巧みに操り、儒教の経典に精通した中華文明の体現者」と捉え、一方庶民を「夷狄禽獣の類い」と階層的差別意識を露にしていた。
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小中華思想の中には、中華思想と同じく、包容の論理が含まれていた。つまり独自の冊封体制、朝貢体制を整え夷狄との交流を図り、朝鮮通信使のように能動的に使節を派遣して文化的交流をもって教化し、あるいは帰化人を受け入れて同化させるといった面も見られた。中華思想において、この他者化と包容、相反する二つの側面は、国力が充実しているときは異民族に開放的になり包容の論理が表れ、政治的に異民族から強い圧迫を受けているときは差別化が強調される傾向を持っていた。